2025-01-21
「Why」から始める戦略思考 ― ゴールデンサークルの実践ガイド
BtoB 営業・マーケティング コラム
ビジネスの世界では、競争が激化する中で「自社の強みをどのように伝えるか」が問われる場面が増えています。製品やサービスの差別化だけではなく、顧客やステークホルダーの心に響くメッセージが、信頼やロイヤルティを築く上で欠かせない要素となっています。
「ゴールデンサークル(The Golden Circle)」は、著名なリーダーシップコンサルタントであるサイモン・シネック ※ 氏によって提唱されたフレームワークです。この概念は、企業や組織が「何をするか(What)」だけでなく、「どのようにするか(How)」、そして「なぜそれをするのか(Why)」を明確にすることで、より深い共感と信頼を生み出すことができると説いています。
本記事では、ゴールデンサークルの基本構造を解説し、それをビジネスにどのように応用できるかについて考察します。特にB2Bの文脈において、このフレームワークがどのような価値を持つのかを検討し、顧客やパートナーとの関係構築に役立つ視点を提供します。
ゴールデンサークルを理解し実践に取り入れることで、自社のビジョンや価値を明確にし、ビジネスの成功へとつなげるためのヒントを見つけていただければ幸いです。
ゴールデンサークルの概要
「ゴールデンサークル(The Golden Circle)」成功する組織やリーダーに共通する思考の枠組みを示しています。このモデルは、「Why(なぜ)」「How(どのように)」「What(何を)」という3つの層で構成され、これらが同心円状に配置されています。
Why:なぜそれをするのか
「Why」は、組織やプロジェクトの根本的な目的や信念を指します。多くの企業がこの問いに答えられず、「利益を上げるため」といった表面的な答えに留まっています。しかし、シネック氏は、「Why」を明確にし、それを軸に据えることが、顧客や従業員の共感を引き出し、信頼を築く鍵であると説いています。
How:どのようにそれを実現するのか
「How」は、「Why」を実現するための具体的な手段や差別化要素を表します。これには、製品やサービスのプロセス、組織の独自性、または提供価値が含まれます。「How」は「Why」を具現化するものであり、これを通じて顧客に約束する価値が具体化されます。
What:何を提供するのか
「What」は、組織が提供する製品やサービスそのものを指します。多くの企業がこの部分に注力しがちですが、シネック氏は、「What」だけを伝えるのでは顧客の深い共感を得ることが難しいと指摘します。「What」は、最終的に「Why」と「How」に裏付けられたものとして提供されるべきです。
ゴールデンサークルの特徴
このモデルの最大の特徴は、従来の外側(What)から内側(Why)に向かうアプローチではなく、内側(Why)から外側(What)に向かう思考を促す点にあります。組織や個人が「なぜそれをするのか」を明確にすることで、単なるモノやサービスの提供者を超え、顧客やパートナーとの信頼関係を築く基盤を作ることが可能になります。
ゴールデンサークルは、そのシンプルな構造の中に、組織運営やマーケティングにおいて非常に実用的な洞察を含んでいます。このフレームワークを活用することで、多くの企業が陥りがちな「What」から始めるアプローチを見直し、「Why」から始めることで成功を収める道筋を示します。また、3つの層が連動することで、一貫したブランドメッセージを顧客に伝えることが可能となります。
ゴールデンサークルのモデル
「Why」から始める重要性
ビジネスにおいて、企業や組織が成功を収めるためには、自社の存在意義を明確にし、それを軸にした戦略を展開することが不可欠です。ゴールデンサークルの中心に位置する「Why(なぜ)」は、単なる事業目標ではなく、組織の根本的な動機や理念を示すものであり、企業の成長と顧客との強固な関係構築において重要な役割を果たします。
顧客の共感を生む「Why」
多くの企業は、製品やサービス(What)を訴求点とし、競争優位性を確保しようとします。しかし、現代の市場では、製品や機能だけで差別化を図ることが難しくなっています。顧客が企業に対して忠誠心を抱くのは、単に提供される製品の質ではなく、その企業が「なぜ」その製品を提供するのかに共感できるかどうかに依存しています。
「Why」を明確にし、それを軸にしたメッセージを発信することで、顧客は企業の価値観に共感し、単なる取引関係を超えた強固な信頼関係を築くことができます。
従業員のモチベーション向上
企業の「Why」は、外部に向けたブランドメッセージにとどまらず、社内においても重要な役割を担います。従業員が自身の業務に対して意義を感じられる環境を整えることで、モチベーションやエンゲージメントが向上し、組織の生産性や創造性を高めることができます。明確な「Why」を持つ企業は、従業員が共通のビジョンのもとで行動しやすく、結果として組織全体の一体感を生み出します。
意思決定の指針としての「Why」
経営判断や戦略策定においても、「Why」は重要な指針となります。市場環境の変化や競争の激化に直面した際、組織の「Why」が明確であれば、一貫性を持った意思決定を行うことが可能です。これにより、短期的な利益追求に偏ることなく、中長期的な視点での事業展開が実現できます。
B2Bビジネスにおける「Why」の重要性
B2Bのビジネス環境においても、単なるコストや機能面での提案ではなく、企業のミッションや価値観を明確に示すことが、パートナーシップの構築や長期的な取引に寄与します。取引先は、単に製品やサービスを購入するのではなく、企業の「Why」に共鳴し、共に成長できる関係を築くことを求めています。したがって、「Why」を明確にし、それをストーリーとして伝えることが、B2Bにおける信頼構築の鍵となります。
「How」で差別化を生む
企業が持続的な成長を遂げるためには、自社の強みを明確にし、競合との差別化を図ることが不可欠です。ゴールデンサークルにおける「How(どのように)」は、組織のビジョンや理念(Why)を実現するための手段やプロセスを指し、顧客に提供する独自の価値や優位性を具体化する役割を果たします。この「How」の明確化と実行が、競争が激化する市場において企業の存在感を強化する鍵となります。
競争優位性を生み出す「How」の役割
多くの企業は、製品やサービス(What)での競争に集中しがちですが、真の差別化は「How」によって生まれます。「How」とは、単なる業務プロセスではなく、他社には真似できない独自のアプローチや企業文化、運用体制を指します。例えば、特有の技術力、独自のサービス提供方法、徹底した顧客サポートなどが「How」に該当します。
「Why」を強く持つ企業であっても、それを実現する方法が他社と同じであれば、十分な競争力を発揮できません。「How」を明確にすることで、自社の独自価値を際立たせ、市場での地位を確立することができます。
「How」を構築するポイント
効果的な「How」を確立するためには、以下の要素に注目することが重要です:
プロセスの最適化と効率化
企業の理念や価値観に基づいた、独自の業務プロセスを設計することで、効率的かつ高品質なサービス提供を実現します。たとえば、顧客体験を重視した細やかな対応や、迅速な問題解決フローを整備することで、他社との差別化につながります。
組織文化の醸成
企業が提供する価値は、従業員の行動や意識によって大きく左右されます。組織の文化や理念を従業員に浸透させ、一貫した行動を促すことで、顧客に対するサービスの質を安定させることができます。
テクノロジーの活用
近年、デジタル技術の進展により、顧客体験の向上や業務プロセスの改善が可能になっています。たとえば、AIやビッグデータを活用し、よりパーソナライズされたサービスを提供することで、他社との差を明確にできます。
パートナーシップの活用
単独での成長には限界があるため、戦略的なパートナーシップを築くことも「How」の重要な要素です。適切な協力関係を構築することで、顧客への提供価値を高め、競合との差別化を図ることができます。
B2Bビジネスにおける「How」の重要性
B2Bの分野においては、単なる製品の提供以上に、どのように付加価値を提供するかが競争優位性を決定します。取引先企業は、コストだけでなく、信頼性やサポート体制、納期の厳守など、長期的な視点で評価します。そのため、「How」においてプロセスの透明性を確保し、継続的な改善を行うことが、競合との差別化につながります。
「What」で具体性を示す
ゴールデンサークルの最も外側に位置する「What(何を)」は、企業が市場に提供する製品やサービスそのものを指します。「Why(なぜ)」「How(どのように)」によって定義された価値観や差別化要因を、顧客に対して具体的な形で示すのが「What」の役割です。多くの企業がこの「What」に焦点を当てがちですが、効果的に活用するためには、「Why」や「How」との整合性を保ち、一貫したブランドメッセージとして伝えることが重要です。
「What」の重要性と役割
「What」は、顧客にとって最も直接的に目に触れる部分であり、企業の価値を具体的に表現する手段です。製品の仕様や機能、提供するサービス内容、価格設定などが含まれます。企業のミッションやビジョンに基づいた「What」を提示することで、顧客はその製品やサービスの価値を理解しやすくなります。
しかし、単に製品やサービスの特徴を羅列するだけでは、市場における差別化は難しくなります。顧客が「この企業の製品を選ぶ理由」を明確に理解できるよう、「Why」「How」との整合性を意識したアプローチが求められます。
「What」を明確にするためのポイント
効果的に「What」を示すためには、以下のポイントを押さえることが重要です。
「Why」との一貫性を確保する
製品やサービスの提供目的が、企業の根本的なビジョンやミッションに合致しているかを確認することが必要です。例えば、持続可能性を「Why」として掲げる企業であれば、環境に配慮した素材や製造プロセスを採用し、それを顧客に明確に伝えることが重要です。
顧客に対する具体的な価値を強調する
製品やサービスが顧客の課題をどのように解決するのかを明確に示すことが求められます。単なる特徴の羅列ではなく、「この製品を使うことで、どのような変化が起こるのか」という視点を持つことが効果的です。
競合との差別化を明示する
企業の独自の「How」に基づいた製品やサービスの特徴を強調し、競合との差を明確に伝えることが重要です。たとえば、独自の技術や特別なサポート体制を前面に出し、顧客が他の選択肢との違いを明確に認識できるようにする必要があります。
シンプルかつわかりやすいメッセージの提供
顧客に伝える「What」は、複雑すぎず、誰でも理解しやすい形にすることが大切です。ビジュアルやストーリーを活用し、直感的に企業の価値を理解できるよう工夫すると効果的です。
B2Bにおける「What」の示し方
B2Bビジネスでは、購入の意思決定プロセスが複雑であり、意思決定者や関係者が多くなるため、「What」の伝え方には特別な工夫が求められます。単に製品やサービスのスペックを示すだけでなく、次のような要素を組み込むことで、より効果的な訴求が可能です。
具体的な導入メリットを提示する
企業の課題解決にどのように貢献するのか、導入後の成果を数値化して示すことが重要です。
導入プロセスの明確化
「What」を提供する際に、どのようなステップを踏むのかを可視化し、スムーズな導入をイメージさせることが、信頼獲得につながります。
顧客との長期的な関係構築を意識する
B2Bでは、一度の取引ではなく継続的な関係を築くことが重視されるため、サポート体制や継続的な価値提供を明確に示すことが不可欠です。
ゴールデンサークルを実践に活かす
ゴールデンサークルの概念を理解するだけでは、組織の成長やビジネス成果につなげることはできません。実際のビジネス環境において、効果的にこのフレームワークを活用するためには、「Why」「How」「What」の各要素を明確にし、組織全体で一貫性のある取り組みを行うことが重要です。本章では、ゴールデンサークルを実践に活かすための具体的なステップと考慮すべきポイントについて解説します。
1. 「Why」の明確化と浸透
ゴールデンサークルの中心である「Why(なぜ)」は、組織の根本的な目的やビジョンを示します。これを明確にし、社内外に浸透させることで、企業活動のすべてに一貫性を持たせることができます。
経営層によるビジョンの明文化
企業の存在意義を明文化し、経営戦略の中心に据えることで、従業員の意識統一を図ることができます。具体的には、ミッションステートメントの策定や、定期的なビジョンの共有を行うことが有効です。
従業員への定着プロセスの設計
研修やワークショップを通じて、組織の「Why」を理解し、日常業務に結びつける取り組みが求められます。
顧客やパートナーへの発信
マーケティングメッセージやブランディング戦略の中に「Why」を組み込み、企業の価値観を明確に伝えることが重要です。
2. 「How」の戦略的運用
「How(どのように)」は、「Why」を実現するための戦略やプロセスを意味します。競争の激しい市場において、企業独自の「How」を確立し、それを実践に落とし込むことが求められます。
業務プロセスの見直しと最適化
企業のビジョンに基づき、顧客対応や製品開発、営業活動の各プロセスを再構築し、競争優位性を高めることが重要です。
企業文化との整合性
「How」を実行するためには、企業文化と一致している必要があります。リーダーシップの発揮や社員の行動規範の設定を通じて、価値観の実践を徹底することが効果的です。
評価指標の設定
「How」の実行が成功しているかを測定するためのKPI(重要業績評価指標)を設定し、定期的な評価と改善を行うことが求められます。
3. 「What」の効果的な伝達
最も外側に位置する「What(何を)」は、顧客が直接触れる部分であり、企業の価値を具体的な形で示すものです。これを効果的に伝えるためには、以下のポイントが重要となります。
一貫したブランドメッセージの発信
製品やサービスを単なる機能や特徴として伝えるのではなく、「Why」と「How」とのつながりを意識し、ブランドのストーリーとして発信することで、顧客の共感を得やすくなります。
パーソナライズされたアプローチ
B2Bにおいては、顧客の課題や業界特性に合わせたメッセージのカスタマイズが求められます。「What」を通じて顧客のニーズに寄り添い、長期的な関係を築くことが重要です。
デジタルとオフラインの融合
現代のビジネス環境では、オンラインとオフラインの両方のチャネルを活用し、統一された顧客体験を提供することが成功の鍵となります。
B2Bでのゴールデンサークルの有効性
B2Bビジネスにおいて、製品やサービスの質だけでなく、企業の存在意義や理念が取引先の意思決定に大きな影響を与える時代になっています。ゴールデンサークルの「Why(なぜ)」を明確にし、それを「How(どのように)」や「What(何を)」と一貫させることで、ビジネスの方向性が明瞭になり、社内外に対して強いメッセージを発信することが可能となります。本章では、B2Bにおける具体的な活用の視点について掘り下げます。
1. 意思決定プロセスの透明化と共通理解の促進
B2B取引では、多くのステークホルダーが関与し、意思決定が複雑化する傾向があります。自社の「Why」を明確に定義し、それを社内で共有することで、営業、マーケティング、カスタマーサポートといった部門が統一されたメッセージを発信できるようになります。これにより、提案内容に一貫性が生まれ、顧客に対してブレのないコミュニケーションを実現できます。
さらに、購買プロセスにおいて「Why」を軸に据えたアプローチを取ることで、顧客の課題解決への姿勢が明確になり、意思決定者が判断をしやすくなります。特に、長期的な導入を検討するB2B顧客にとっては、単なる価格やスペック比較以上の要素として、企業の目的意識や方向性が重要視されるでしょう。
2. 組織の軸を強化し、持続的な成長を促進
B2Bビジネスでは、技術革新や規制の変更など、事業環境が常に変化しています。こうした変化に柔軟に対応するためには、組織全体が共通のビジョンを持ち、それに基づいた行動を取ることが重要です。「Why」を起点に戦略を構築することで、環境の変化に左右されることなく、長期的な方向性を維持できます。
また、「Why」が明確であれば、新たな市場や事業領域への進出を検討する際の判断基準としても機能します。どのような状況でも一貫した判断が可能になり、社内の意思決定のスピードと質が向上します。
3. 顧客への提案力の向上
B2Bにおける成功の鍵は、顧客のニーズを深く理解し、最適な解決策を提供することにあります。ゴールデンサークルを活用することで、自社の「Why」に基づいた提案が可能となり、製品やサービスの機能だけでなく、顧客との共創関係を築くためのストーリーを伝えることができます。
例えば、顧客が事業成長を目指している場合、単にコストや機能を説明するのではなく、「なぜ私たちがこのソリューションを提供するのか」「どのように貴社のビジョンを支援できるのか」といった観点からアプローチすることで、納得感のある提案が可能となります。
4. 社内外の関係構築の深化
B2Bビジネスでは、単なる契約関係を超えた信頼関係が重要です。「Why」を社内外に浸透させることで、企業文化の一貫性が生まれ、顧客やパートナー企業との協業がスムーズになります。自社のビジョンに共感する企業や組織と協力することで、取引先との関係がより強固なものとなり、プロジェクトの成功確率も高まります。
また、採用や人材育成の場面においても、「Why」を明確にすることで、共通の価値観を持つ人材を獲得しやすくなり、組織の成長に寄与します。
まとめ
ゴールデンサークル(The Golden Circle)は、単なるマーケティングやブランディングの手法ではなく、組織全体の意思決定や行動を導くフレームワークとしての価値を持っています。「Why(なぜ)」を起点にビジネスの方向性を定めることで、社内外のステークホルダーに対して一貫性のあるメッセージを発信し、持続的な成長を支える基盤を構築することができます。
特にB2Bビジネスにおいては、意思決定のプロセスが複雑であり、単に製品やサービスの機能や価格をアピールするだけでは十分ではありません。企業の存在意義を明確にし、顧客の課題やビジョンと結びつけることで、より深い信頼関係を築くことが可能になります。
また、「Why」「How」「What」の各要素を統合的に運用することで、社内の共通理解が促進され、部門横断的な連携が強化されます。営業やマーケティング、製品開発が同じ方向を向くことで、組織全体が一貫したメッセージを提供できるようになります。
ゴールデンサークルの考え方を取り入れることで、企業は短期的な目標にとらわれることなく、長期的な視点から自社の価値を再定義し、顧客や市場との関係をより強固なものにすることができます。
※ サイモン・シネック(1973~):イギリス生まれのリーダーシップコンサルタントであり、著作家、モチベーショナルスピーカー。代表的な著書は『Start with Why(邦題: WHYから始めよ!)』。また、TEDトーク「How Great Leaders Inspire Action(優れたリーダーはどうやって行動を促すのか)」は、最も視聴されたTEDトークの一つであり、「ゴールデンサークル」の理論を広める契機となりました。