グローバル事業支援

海外営業・マーケティングコラム

2026-01-08

アジア拠点向け営業で起きやすいズレ ― 営業プロセスの構造を整理する

日本企業がアジア各国に拠点を構え、現地市場を相手に営業活動を行うことは、もはや特別な取り組みではありません。製造、IT、サービスなど業種を問わず、多くの企業がアジアを重要な事業領域として位置付け、現地法人や支社を通じた営業を日常的に行っています。

一方で、その営業現場を見ていくと、「日本では通じてきたやり方」が必ずしも同じように機能しない場面に直面するケースが少なくありません。提案の進め方、意思決定のスピード感、交渉時の前提条件など、一つ一つは些細に見える違いが、積み重なることで認識のズレや期待値の不一致を生むことがあります。

本稿では、日本企業がアジア拠点向けに営業を行う際、日本流の前提を無意識に置いたまま進めることで、どのようなズレが生じやすいのかを整理します。文化論に留まらず、営業プロセスや組織の設計、コミュニケーションの在り方といった観点から、なぜズレが起きるのか、その構造を掘り下げていきます。

アジア拠点で前提になりやすい「期待値」のズレ

アジア市場を対象とした営業では、「アジア向け」という一括りの発想そのものが、実態と噛み合わなくなる場面が少なくありません。国や地域ごとに市場の成熟度や競争環境が異なるだけでなく、企業活動に対して期待されるスピード感や対応の仕方も大きく異なります。こうした違いは、営業活動の前提そのものに影響を与えます。

JETROが実施している「海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)※1 」では、ASEAN域内における課題として、「本社主導と現場対応の両立が困難」との声が挙げられています

。この指摘はデジタル技術の活用に関する文脈で示されたものですが、背景にある構造はより広範な業務領域に共通しています。すなわち、現地の状況に応じた対応が求められる一方で、本社主導の意思決定や運用設計が現場の動きを制約している、という問題です。

日本企業の営業では、社内での合意形成やリスク管理を重視し、判断を慎重に積み上げていく進め方が一般的です。この考え方は、日本市場においては合理的に機能してきました。しかし、アジア各国の営業現場では、顧客対応や競合状況への即応が求められる場面も多く、そうした局面で本社承認を前提としたプロセスが、結果として「動きにくさ」として表れることがあります。

ここで重要なのは、アジアの営業担当者が常に即断即決を求められている、という単純な話ではありません。問題は、現地の業務環境や市場のテンポに対して、日本本社側が設計した営業プロセスが必ずしも合致していない場合があるという点にあります。JETROの調査で示された「本社主導と現場対応の両立が困難」という声は、そのズレが個別企業の問題ではなく、構造的な課題として認識されていることを示しています。

また、アジア市場では、国や地域によって企業組織のあり方や意思決定の流れも一様ではありません。形式的な役職や組織図よりも、実質的な影響力や関係性が重視されるケースもあります。こうした環境では、日本流の組織理解や役割分担を前提に営業活動を組み立てると、誰がどの範囲で判断できるのかが相手に伝わりにくくなることがあります。

このように、アジア市場におけるズレは、文化や価値観の違いとして単純に説明できるものではありません。現地の業務スピードや対応期待と、日本企業が長年培ってきた営業プロセスとの間に生じる構造的な不一致として捉える必要があります。

※1 https://www.jetro.go.jp/world/reports/2025/01/231fa237934b5b0c.html

経済ReleaseWatch@アジア進出企業版リセルポ グローバル

本社主導の合意形成が営業のテンポに与える影響

日本企業の営業活動では、合意形成を重視する進め方が長く採られてきました。提案内容や条件について社内で検討を重ね、関係部署の理解を得たうえで次の判断に進む。このプロセスは、リスク管理や組織内の整合性を保つうえで、現在でも有効に機能している場面が多くあります。

一方で、海外拠点を含む営業活動では、この合意形成の設計が、営業のテンポや進め方に影響を及ぼすことがあります。ここで重要なのは、合意形成そのものが問題になるというよりも、そのプロセスが現地の業務環境や相手企業の期待と、どの程度噛み合っているかという点です。

もちろん、営業活動におけるズレの要因は一つではありません。文化的な背景や個々の経験、市場環境などが影響する場面も少なくありません。ここではその中でも、本社主導の意思決定と現場対応の関係に着目することで、比較的整理しやすい構造的な側面を見ていきます。

社内の合意が整うまで次の提案を控える進め方は、日本国内では慎重で誠実な対応として受け取られてきました。しかし、その過程が相手に十分に共有されていない場合、商談がどの段階にあるのかが見えにくくなることがあります。返答を保留している理由や、次に何が示されるのかが分からないまま時間が経過すると、進捗が止まっているように感じられることもあります。

このようなズレは、意思決定の速さそのものよりも、プロセスの可視性が影響している場合があります。本社主導で合意形成を進める体制では、検討の過程や判断の節目が社内向けに設計されていることが多く、対外的にはその動きが伝わりにくくなりがちです。その結果、相手との時間感覚に差が生じることがあります。

また、本社側での判断を前提とした営業設計では、現地の営業担当者が即座に次の選択肢を提示しにくい場面も見られます。これは担当者個人の姿勢や能力の問題というよりも、権限や役割の設計による影響が大きいと考えられます。

ここで検討すべきなのは、合意形成に要する時間を短縮することではありません。検討の途中経過や次の判断ポイントを、どのように相手に伝えるかという設計を見直すことで、時間感覚のズレが緩和される余地があります。最終判断までに時間を要する場合であっても、そのプロセスが共有されていれば、相手が感じる停滞感は小さくなる可能性があります。

提案プロセスにおける判断権限とリスク設計のズレ

日本企業の営業提案は、慎重さと完成度の高さを重視する傾向があります。提案内容については、想定されるリスクを事前に洗い出し、社内で十分に検討したうえで提示する。この進め方は、後戻りを防ぎ、組織としての責任を明確にするうえで、多くの場面で合理的に機能してきました。

一方で、海外拠点を含む営業活動では、このリスク設計が提案スタイルそのものに影響を与えることがあります。ここで論点となるのは、リスクを重視していること自体ではなく、どの段階で、どの水準までリスクを織り込んだ提案を出す設計になっているかという点です。

本社側で条件や対応範囲を十分に検討し、内容を固めてから提案する設計では、現地の営業担当者が提示できる選択肢が限定されやすくなります。その結果、商談の場で相手の反応を踏まえた調整や補足を行いにくくなる場面も見られます。

日本側の視点では、不確定要素を含んだ提案を避けることは、責任の所在を明確にし、信頼性を担保するための重要な姿勢です。この考え方は、日本企業の強みとして評価されてきました。

ただし、提案が「完成した形でのみ提示される」構造では、対話を通じたすり合わせが難しくなることがあります。条件を一度持ち帰って検討する往復が増えるほど、営業担当者は情報伝達の役割に留まりやすくなり、提案が一方通行に見えることもあります。

ここで生じる違和感は、提案力の不足というよりも、判断権限とリスク責任の置き方が提案の形に影響している場面として捉えることができます。どこまでを現場で判断してよいのか、どの段階から本社の承認が必要なのか。その線引きが厳格であるほど、提案は慎重になりますが、同時に対話的な調整余地は小さくなる傾向があります。

提案スタイルに表れるズレは、文化や価値観の違いだけで説明できるものではありません。組織としてリスクをどこで引き受け、誰が判断するかという設計が影響している場面も多いと考えられます。設計を見直すことで、提案の完成度と対話性のバランスを調整できる余地があります。

経済ReleaseWatch@アジア進出企業版リセルポ グローバル

価格・条件交渉に表れる判断設計と期待値のズレ

価格や契約条件を巡る交渉は、営業活動の中でも判断の重みが大きい領域です。金額や条件は企業の収益やリスクに直結するため、日本企業では慎重な検討が求められ、本社主導で管理されることが多くあります。この設計は、全社としての整合性やリスク統制を維持するうえで、有効に機能してきました。

一方で、海外拠点を含む営業の現場では、価格や条件を巡るやり取りが、営業プロセスの進め方そのものに影響を与える場面があります。ここで問題になるのは、値引きや条件変更の是非ではなく、価格や条件について、どこまでを現場で判断できる設計になっているかという点です。

本社承認を前提とした価格設計では、現地の営業担当者が交渉の場で提示できる選択肢が限られることがあります。相手の反応を持ち帰り、社内で検討した結果を改めて提示する往復が増えるほど、交渉のテンポが緩やかに感じられることもあります。

日本側の視点では、価格や条件を安易に動かさないことは、取引の公平性や長期的な信頼関係を守るための重要な姿勢です。一定の基準に基づいて交渉を進めることは、組織としての一貫性を保つうえでも不可欠です。

しかし、価格や条件に関するやり取りが続く中で、どの範囲までが調整可能なのか、どの点が判断待ちなのかが見えない状態では、交渉の進め方自体が不透明になることがあります。即答を求められているわけではなくても、判断の見通しが共有されていないと、やり取りが停滞しているように受け取られる可能性があります。

ここで生じるズレは、交渉姿勢や価値観の違いというよりも、判断権限の設計と期待値の共有の仕方が影響している場面として整理できます。判断の範囲とプロセスが明確であれば、その場で結論を出せない場合でも、交渉の流れを維持することは可能になります。

価格や条件を巡るズレは、誰がどこで判断するかという設計の影響を受けやすい領域です。構造的な観点から整理することで、対話を止めずに進めるための改善余地が見えてくることもあります。

情報流通の構造が生み出す「見えにくさ」

これまで見てきた合意形成、提案、価格・条件交渉におけるズレは、それぞれ別の問題のように見えます。しかし、それらを貫いて共通しているのは、情報がどのように生成され、どのように共有されるかという構造です。ズレは個別の対応の巧拙だけで生じているのではなく、情報が流れる経路そのものに起因している場面があります。

日本企業の海外拠点向け営業では、情報が本社側で整理・集約される設計になっていることが少なくありません。検討事項や判断材料はまず本社に集まり、社内での合意や承認を経てから、確定した形で現地に共有されます。この流れは、情報の正確性や統制を保つうえで合理的です。

一方で、この設計では「途中段階の情報」が現地に届きにくくなります。検討中の論点や、判断が保留されている理由、次にどのような確認が必要なのかといった情報は、社内向けには共有されていても、対外的には語られないままになりがちです。その結果、現地の営業担当者は、確定事項以外について説明できる範囲が限られます。

この状態では、相手企業から見て、商談が今どの段階にあるのかが把握しづらくなります。判断が遅れているのか、検討が続いているのか、それとも別の論点が生じているのか。その背景が共有されていないと、やり取り全体が止まっているように映ることがあります。ここで生じているのは、意思決定の遅さそのものではなく、情報の流れが見えないことによる不透明さです。

また、情報が本社側に集中する構造では、現地の営業担当者は「伝える役割」に寄りやすくなります。相手の反応や要望を本社に持ち帰り、検討結果を再び伝える。この往復自体は必要なプロセスですが、その過程で現地が主体的に状況を説明したり、検討の方向性を示したりする余地は小さくなります。

重要なのは、こうした見えにくさが、現場の努力不足や説明力の問題として誤解されやすい点です。実際には、どの情報をどの段階で共有してよいかが設計されていないことが、対話を難しくしている場合があります。情報を出さない判断が慎重さの表れであっても、その意図が相手に伝わらなければ、結果としてズレが広がります。

情報流通の構造を見直すという視点は、すべてを開示することを意味しません。むしろ、確定情報と検討中の情報を区別し、それぞれをどのように位置付けて共有するかを整理することが重要です。たとえば、結論は出ていなくても、検討の論点や判断の見通しを示すことで、相手は状況を理解しやすくなります。

このように、営業活動における多くのズレは、情報が止まる場所や、外に出ない情報の扱い方によって生じています。合意形成、提案、価格・条件といった個別の論点を超えて、情報がどこで分断されているのかを捉えることで、ズレの背景をより立体的に理解できるようになります。

情報流通の構造に目を向けることは、海外拠点向け営業における万能解ではありません。しかし、構造の観点から整理することで、現場で調整可能な余地が見えてくるケースは少なくありません。ズレを文化や個人の問題に帰着させる前に、情報がどのように流れているかを点検することが、現実的な改善につながる一歩になります。

まとめ

日本企業のアジア拠点向け営業では、合意形成、提案、価格・条件交渉、そして情報共有といった各場面で、さまざまな「ズレ」が語られてきました。これらは一見すると、商習慣や文化の違い、あるいは個々の担当者の対応力の問題として捉えられがちです。しかし本稿では、それらのズレを一つひとつ検証する中で、組織の設計やプロセスのあり方が影響している場面が多いことを整理してきました。

本社主導の合意形成は、リスク管理や組織としての整合性を保つうえで重要な仕組みです。一方で、そのプロセスが現地や取引先からどのように見えているかを意識しないまま運用されると、時間感覚や進捗認識に差が生じることがあります。同様に、提案や価格・条件交渉においても、判断権限やリスク責任の置き方が、対話の進め方に影響を及ぼす場面が見られます。

さらに、こうした個別のズレを貫く要因として、情報流通の構造にも目を向けました。情報がどこで整理され、どの段階で共有されるのか。その設計によっては、検討が進んでいても相手には見えにくくなり、結果として不透明さが強まることがあります。これは説明不足や姿勢の問題というよりも、情報をどう扱うかという前提の違いから生じるものです。

もちろん、営業活動におけるズレの要因は一つではありません。市場環境や業界特性、相手企業の事情、個人の経験や関係性など、さまざまな要素が重なり合って現実は形づくられています。本稿で扱った構造的な視点は、そのすべてを説明するものではありません。しかし、構造の観点から整理することで、比較的コントロールしやすい論点が浮かび上がることも確かです。

文化や価値観の違いに原因を求める前に、合意形成や判断権限、情報の流れがどのように設計されているかを見直してみる。その視点を持つだけでも、これまで「仕方がない」とされてきたズレの一部は、別の形で捉え直せる可能性があります。

アジア拠点向け営業において重要なのは、日本流を捨てることでも、現地流に合わせ切ることでもありません。自社の営業プロセスや意思決定の前提を理解したうえで、それがどのように伝わっているのかを点検し、必要に応じて設計を調整していくことです。構造に目を向けることは、そのための現実的な出発点になります。

経済ReleaseWatch@アジア進出企業版リセルポ グローバル

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